ドイツの高校生が石巻にやってきた

2016.11.08

14958952_10154712949038914_243080984_oPBIの「石巻・女川視察交流プログラム」では、毎回お越しになる皆さんの目的によって、プログラムをオーダーメイドに近い形でご提供しています。
今回石巻にきてくれたのは、ドイツの高校生15人。

YFU(Youth for Understanding)という団体のドイツ支部が、日本への約2週間のプログラムを企画して参加を募集したところ、ドイツ中の高校生から応募があり、そのなかで選び抜かれたのが今回来てくれた15人のユース・アンバサダーでした。
そのうちの石巻で過ごす3日間のコーディネートを、私たちPBIが担いました。

 

~~~~~ 1日目 ~~~~~

まず初日は、橋通りコモンで思い思いのランチを食べた後、津波で甚大な被害を受けた南浜・門脇地区に向かいました。

つなぐ館では、壁などの展示物や映像をそれぞれのペースで見てもらおうと思っていたのですが、予想に反して、つなぐ館の中央に展示されている震災前の町の模型をみんなでグルっと取り囲んで、ずっと質問攻めでした。「震災を受けて何か建築物の発想の転換はあったのでしょうか」「もし良かったら3月11日当日どうされていたのか教えていただけませんか」「こんな大きな被害を受けてしまったのに、なぜ人はまた同じ場所に住むのでしょうか」「津波時の逃げる場所は住民に周知されていたんでしょうか」などなど、質問は途絶えませんでした。対応してくださったスタッフの方に感謝です。

南浜・門脇は平野になっており、「高台」と言えば日和山(61.3m)です。東日本大震災では、多くの方が避難し、難を逃れた場所でもあります。住民の方々が当日駆け上がった日和山に続く避難路を、ドイツの高校生たちと一緒に登りました。もし自分が石巻に旅行中だったら…。もし小さな子どもを抱えているお母さんだったら…。もし足が悪いお年寄りだったら…。それぞれが色んなことを考えながら登りました。

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急な階段を登り終えて、息を整えた後、街なかに向けて下りました。その足で石巻ニューゼへ。石巻の地元新聞である石巻日日新聞社は、震災で印刷機を失いながらも、手書きの壁新聞という形で住民に情報を伝え続けました。手書きの壁新聞を、毎日6枚、6箇所の避難所に。記者のみなさんがどんな気持ちで毎日記事を書いていたのか、そんなお話を聞かせてもらいました。

もうだいぶ日も傾いてきた夕方、1時間かけて津波伝承ARというアプリを使って町歩きをしました。タブレットには自分が歩いている場所の震災前、そして震災直後の写真が写し出されるので、この5年の変化を想像しやすくなっています。川の水を汲み上げて運営していた仮設風呂のことから、今まさに建設中の川沿いの堤防や復興公営住宅まで、幅広く学ぶことができました。

こんなてんこ盛りの内容で初日は終了。朝早くに東京を出発して移動してきているため、心身ともに疲れたことでしょう。さぁ、次の日は!!!

 

~~~~~ 2日目 ~~~~~

朝にまず目指したのは、牡鹿半島の谷川浜。主に東北地方で愛される珍味、海鞘(ほや)の聖地です。高校生たちは漁師に会うのも初めてですし、まさかホヤなんて見たこともありません!「なにこれーーー」「これは植物?動物?」など、つかみはバッチリです。

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※生ホヤの試食にチャレンジした彼をみんなで応援しました。

受け入れを快諾してくれた漁師から、ホヤ養殖の説明や、原発事故の影響から韓国への輸入禁止を受けた東京電力買い取りの問題、国内消費拡大における課題など、現場の視点から丁寧に説明してもらいました。そして早速漁業体験ということで、ホヤの赤ちゃんのベッドとなる原盤(牡蠣の殻)をロープに通していく「殻さし」作業をしました。その時期によって体験できる作業も種類も異なりますが、こうやって漁業体験をプログラムに取り入れることができるのも、普段から漁師との関係を築いてきているPBIの強みです。

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漁師にお礼を言って、次は女川に向かいました。隣町ですが、石巻とは違う規模の町。地形によって被災の状況も異なりますし、復興のスピードや進め方も異なります。同じように「被災地」と称されますが、三陸沿岸部それぞれ被害も復興も異なるのだということを知ってもらいたくて女川にも連れてきました。

午前中にホヤの勉強をしたこともあり、ランチをお世話になったBAR OWLでは、半数以上が名物の「ホヤきそば」を注文しました。食後はマスターにお礼の歌を歌ってから、女川のプロムナードや駅舎を見てもらえるようにフリータイムにしました。「ほやアイスが食べたい」「ホヤのぬいぐるみとか売ってないよね?」とみんなにホヤが浸透し、「ほやほや」言っているのが面白かったです。

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そして女川の町を見て回った後、蛇田地区にある復興公営住宅にて、石巻じちれんを訪ねました。そこでは、被災時、そして仮設住宅に移ってからのご苦労や、また復興公営住宅に移転されてからの課題など、コミュニティ形成の難しさや日々の活動についてお話いただきました。またご好意で仮設住宅のおうちの中まで見せていただけることになり、より一層、仮設での暮らしの理解が深まりました。

2日目もまた長く濃い1日となりましたが、とても貴重な体験ばかりでした。高校生たちの驚きや笑顔や痛みを共有しているかのような表情を見るにあたり、広く、深く、石巻を知ってもらえていっていることを実感した1日でした。

 

~~~~~ 3日目 ~~~~~

さて今日は石巻を経つ日です。

まずはFUNADE studioのスタッフの方々に来ていただき、みんなで一緒に大漁旗のカラビナを作りました。船の進水式のときに親戚や友人から大漁と安全を願って贈呈される大漁旗。津波で泥だらけになったものを洗って、アクセサリーにリメイクするプロジェクトを始めたFUNADEの看板商品でもあるカラビナです。大漁旗から取った細長い布を好きなように巻いてもらいます。きっちり巻く人、もこもこにする人、それぞれの性格が作品ににじみ出ていました。

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そして3日間の締めくくりに、石巻の老舗料理店、八幡家でのお昼ごはんです。せっかくドイツから来てくれたみなさんに、日本らしい料亭で、日本らしい味・おもてなし・雰囲気の八幡家の食事を堪能してもらいたかったのです。ベジタリアンなどの個別対応も快く受けてくださいました。高校生も自ら手を上げて、「日本はどこに行ってもみんな優しくて笑顔で迎えてくれますが、八幡家さんは、料理も接客もどれも最高級で、心から感動しています。受け入れてくださった女将さんにももちろん感謝ですが、僕たちには見えない厨房にいらっしゃるシェフのみなさんにも、本当に美味しかったとお伝えください。」と代表挨拶していました。なんとしっかりした高校生なんでしょう!訳しながら感心してしまいましたが、でもみんなの想いを代弁した温かい言葉でした。

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短いようで長かった3日間もこれで終了です。かなり詰め詰めのスケジュールでしたが、現在PBIが持つ、あらゆる繋がりの結晶のような濃いプログラムを実施できた気がします。今回ご縁をいただいた人や団体から、またさらに繋がって拡がっていく可能性も見えてきました。関わってくださったみなさま、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

高校生たちには、ドイツに帰ってから家族や友人に、この3日間石巻・女川で見て聞いて学んだことを是非話してほしいと伝えました。それぞれ自分たちの地元に帰ってから、学校でプレゼンテーションをすることにもなっているそうです。石巻の震災の教訓が、少しでも今後の減災や防災に繋がっていってくれることを願っています。